
ギター侍を発見した、とあるゴルフ場の事務所にて。
以前からギター侍って誰かに似てるなぁ・・・・と思っていたのですが、昨日3ヶ月点検で行ってきたゴルフ場で以前から顔見知りだったレストラン勤務のN君が「その人」だったことが判明、事務所にやってきた所でギターの代わりにラケット持ってもらってパチリ!
いやぁ、よく似てます (^^;)。
ちなみにN君の彼女の弁によると「レストランでもお客さんに、『よ~似てるなぁ』と言われるし、この前行った散髪屋でも『あれ、ギター侍?』と言われたらしいんですぅ~」と言っていた。
そう、彼にとっては降って湧いたようなそっくりさんの登場に少々戸惑い気味、しかもその相手がギター侍、ときたモンだから余計にである。
どうりで顔はニッコリと笑っていますが、ラケットを持つ手もかなりぎこちないワケです。
でもこんな顔では「斬る」ことなんて出来ないよね、、切腹ものだ (^o^)
大阪市またですか・・・ふぅ~
とため息が出るような公務員の厚遇ぶり、もう突っ込むのもやんなっちゃいますが、大阪市民としてはやはり見捨てておけないでしょう。そこで市民を代表してこう述べておく。
「おんどら、市民なめとったら、いてもたんぞぅ!」
あっ、失礼しました。
ほんとはとってもお上品なボクなんですが、最近の大阪市の余りにもえげつない「お役人天国」ぶりについついガラの悪い叫び声をあげてしまいました。
さてさてその原因はと言うと、以下の記事
を見てもらえれば分かりますが、これすなわち職員に対するオーダーメイドスーツの支給と言うことになるんですな。。。もうバカバカしくて開いた口が塞がりませんです。
これを読んでつい先日の保育園での話(嫁に聞いた)を思い出しました。
下の子は来年3月いっぱいで保育園を卒業する。この時、卒業生の親たちが、保育園や担任の先生へ、お世話になったお礼をするために何か品物をプレゼントする、と言うのが毎年恒例の事となっている。
そこで親たちは話し合の場を設けて、お金をいくらか出し合うか?、そしてどんなものを買うか?、ということを決めていく。
「そして余ったお金をどうするか?」の議題が出たときに参加していたひとりのお父さんが
「私は公務員ですから、予算はすべて使い切る、というのが望ましい思います」
と言われたらしい。
ボクはその場にいなかったのでどういう真意を持って発言されたのかはうかがい知れない。
笑いを取ろうと思ったのか、それともマジなのか、それともとっても脳天気なのか・・・・
今のご時世「予算を使い切る」必要がある職業ってのは公務員以外無いんじゃないだろうか?
普通の会社なら「予算に対してどれだけ少ない費用で仕事が完了したか?」と言うことが評価の基準になるわけであり、無駄なモノにお金をつぎ込むというのは背任行為に等しい。
そんな一般的なことなど分かってないんだと思いますね、多分。「公務員」というのは生まれつきそうなのではなく、年を追う毎に「公務員」としての気質を備えていく後天的なものなのでしょう。このお父さんのことを決して悪く言うつもりはないけども、この場において、そしてこんな時期に、この発言が出来るというのはかなり「侵されている」としか言いようがないですね、マジで。
そして、そんな発言の後、うちの嫁さんの隣にいたお母さんは小声でこうささやいた
「うわっ、公務員、さいあく~~~!!」
こちらの発言は、お見事! パチパチパチ。

いつからそんな習慣が出来たのかは知らないが、うちの子供達はクリスマスプレゼントとして欲しいモノをサンタさんに「おねだり」するための手紙をクリスマスが近づく頃になると書いている。上の子の美月は既に小学校4年生、すでに周りの友達は「お父さんがサンタクロース」と認知しているにもかかわらず、我が子は未だに「うちに来るのはほんまもん」と思っているフシがある。
彼女の今年のサンタさんへの手紙にはこんなコトが書いてあった。
「おとうさん、おかあさんには、ことわられるかもしれませんが『まわるメイドインワリオ』をください」
と書いてあった。
「ほんまにまだ信じてんねんや・・・サンタさん」と夫婦二人で驚愕したのはさておいて、この書き方から察するとサンタさんはお父さんとお母さんに相談してプレゼントをくれるのだ、と想像しているのであろう。
たとえば
「お父さん、どないします、この子ゲームを欲しい言うてまっせ?」
「いやいや、うちはゲームはやらんことになってますのや」
「そんなこと言うたかって、今の子達はみんな持ってまっしゃろ」
「みんな持ってても、うちは持たない、これでいこう思てまんねん」
「ほぉ~、それはそれは、お母さんもそれでヨイのですかな?」
「えぇ、まぁお父さんが強情なもんですから・・・・」
なんて会話が彼女の頭の中ではクリスマスイブの夜に交わされているのであろう。
でもね、こんな情に訴えかけるようなお願いをしても「ダメなモノはダメ」、「あかんもんはあかん」のだよ、美月さん。
・・・頑固な父より。
大河君(6歳)が虫歯になった。
美月さん(9歳)はどうも歯が丈夫らしく(嫁さん似)、小学校4年でいまだに虫歯はゼロだ。
それに比べ保育園の歯の検診ではいつも「虫歯予備軍」がある、と言われ続けていた大河君もこの前「歯が痛い」と言っていたのでチェックしてみると左上の奥歯がちょっと茶色くなっており、穴が空いているように見える。
「あぁ、こりゃ虫歯やなぁ・・・」
夫婦の意見は一致し、近くの歯医者に行くと確かに虫歯であった。
その上、右っかわの上奥歯もまだ茶色になっていないもののやっぱり虫歯らしい。子供ながらに「が~ん」と衝撃を受けたらしく、それ以来歯磨きに精進している。
我が家では歯医者の先生に「4歳までは親がしっかり磨いてあげて」との指導を受けて、チェックしながら僕らが磨いていたが、大河君が5歳ぐらいから自分で磨くだけで、親の最終チェックはあまりしなくなった。
それだからか、それとも「そろそう言う時期」なのか、ついに虫歯がやってきたと言うわけだ。まぁ虫歯の歯は子供の歯なので生え替わるからヨイ、とはいうものの、少なくとも彼の口の中には虫歯菌はしっかりと存在しており、大人の歯になってからも、油断していればすぐに虫歯菌に冒されていくのは間違いないだろう。
あぁボクと同じ運命だ・・・と思う。
うちの嫁さんはほとんど虫歯が無く、外見から見ても非常に頑丈な歯をしている。
きっと噛み付かれたら一週間は歯形が残るか、それとも食いちぎられるか、それぐらい頑丈な歯である。
しかし、ボクの歯は非常にナイーブで繊細。歯をいくらしっかり磨いていても弱点を突いてこられて虫歯への階段を上り詰めてしまうと言う感じだ。おそらく前世は平安時代の貴族だったのではないか、と思えるほどの軟弱さである。
そんな、DNAをしっかりと大河君は受け継いでいる。
大河君の虫歯の歴史は今開かれた、と言うわけだ、かわいそうに。。
年賀状がやっとこ完成した。
「筆自慢」をにらみ付けながら、構想を練っていたのだが、日頃、新聞や写真集の編集で使っている「パーソナル編集長」と比べて機能があまりにも貧弱なので年賀状の裏面だけは「パーソナル編集長」で行うことにした。
ので、今年の年賀状は今までになく良いものが出来上がりましたぞよ。。
また、去年は「レイアウト重視」の年賀状だったのに比べ、今回は一昨年と同じく「笑える年賀状」を目標にして作りました。
皆さん、初笑いは入佐家年賀状で・・・ね。
「最近私、登場しませんねぇ」というリクエストがあったため急遽登場してもらうことになりました。
その名前はスキンヘッドのOさん。
最初の出演からはもう3年前も経つんですね・・・実に感慨深い。
その時の作品「毛のない人」はまさか本人が読むとは思ってなかったので、かなり失礼な書き方をしているのでは・・・と思って再度読み直したところ、「これならぜんぜんOK!」ですな。しかも、本人も「めちゃ笑いました!」との感想を頂いているので、安心して今回も書いちゃいましょう (^^;)
さてそのスキンヘッドのOさん、最初に見たときは
「うわ! 入る部屋間違えた!」
と思ったほどその事務所には似つかわしくなく、よく知っているTさんがOさんに向かって
「おい、O!」
と呼び捨てしたときには、
「うわぁ、もしやTさんもヤーサンの端くれ?」
と疑ったほどでした。確かにTさんの見た目はシャープな顔立ちにめがねを掛けており、どうみてもコワモテの顔ではないのですが、Oさんを呼び捨てしている様子を見てしまうと、よく見ると「企業舎弟ですか?」とか「インテリやくざなんちゃう?」と尋ねたくなるから不思議である。
でもTさんの口から発せられる「福島なまり」は
「アルマーニのスーツを、青山のスーツに変えてしまう」
ほどの強烈なものだから、たぶんインテリやくざであっても、かなり威圧に欠けると思われますな、はは。
まぁ、TさんのことはさておきOさんのことである。
最初の強烈な出会いから早3年、Oさんの成長ぶりはかなりめざましいモノがある。
その成長とは・・・ すなわち「体重」の成長である。
「僕ねぇ、ラーメン大好きなんですわぁ~」と聞いたのは筑波のセンターに行っていたときか。僕らが「えぇ、食い物屋有りませんかねぇ?」と聞いたら即座に「ここのラーメン屋行きなはれ~」「ほんで、ネギたっぷりラーメン注文しなはれ~」と指導してくれ、確かにそこで食べたラーメンはたいへん美味かった(僕は担々麺が好みであった)。
「ラーメン好き=日々体重増加」、と言う公式は一般に成り立たないと思うが、ことOさんを見ていると「そのお腹に製麺所でもあるんか?」と聞きたくなるような、どっぷりとしたお腹に成長してきている。
年に数回、新しいセンターのオープン時やそのうちあわせの時に会ったりするのだが、その姿を見るたびに一回りずつ大きくなっているその身体。本人にそのたび指摘すると
「日々成長してるんですわ、はははは」
と、まるで意に介しておらず、その笑い声はむしろ「凄み」すら感じてしまう。
しかし、そのオペレーション指導をしている姿を、遠目に、そして薄目を開けて見てみると
「ゴリラがなんか教えてる!」
と錯覚しそうな、そんな異様な風景があるのだ。
まぁゴリラに教わっているのは、サルのようなおばちゃんばかりだから(オイ!)、有る意味釣り合いが取れているので「まぁ、いいか」という気になるのがこれまた不思議。
そんなO氏、29歳独身。まだまだ、成長は続く。
僕の家ではYahooBBを使っていますが、リンクが切れるとか、BBフォンの調子がときどき悪くなるとか、モデムをつかっての通信が出来ないとか、いろいろと不満はありますが、まぁ他のプロバイダーも似たか寄ったかでしょうから、ヒステリックに「プロバイダーを変更したる、ぷんぷん!」なんて大人げないことは、決して言いません。
でも前回の顧客情報漏洩に引き続き、またも漏洩が発覚したようですね。
前回は僕の情報はぎりぎりセーフで漏れておらず(知り合いのは漏れていたらしいぞ)、それでも律儀に500円をくれるのだから有る意味「好意的」に見てしまったとってもみみっちい僕だったのは確か。
しかし、あれ以来、というか最近とくにYahooBBのメアドめがけてSPAMメールが増えてきた。このメアドは一般には公開しておらず、ほとんど使ってもいないので、ここ宛にやってくるというのがとっても不思議なのであるが、個人情報が漏れており、しかもその中にメアドも含まれているのなら納得する。
たぶん漏れてたんだろうね・・・。
ここ(Yahoo! BBの顧客情報に関するお知らせ)には漏れた情報として (1)氏名、(2)住所、(3)電話番号、(4)携帯電話番号 とあるが、きっとメアドも含まれていると思われる。
「もっとしっかりしなさいYahooBBよ!」と言いたいところだが、YahooBBが集中的に狙われている感が有るように思える。出る杭は打たれる、ということか。。。。
いやはや、今朝の朝日新聞(関西版)の第一面にこんな見出しが踊った。
「またですか、大阪市くん・・・」
とため息が出てくるような記事の内容ですな。この団体生命保険が始まったきっかけは
「死亡保障を手厚くすれば職員の士気が高まり、公務に精励してもらえると始まったはずだ」
と市総務局の安宅健治厚生課長が述べている。
しかし、この保険を加入している由を職員には積極的に説明していないらしく「士気が高まる」という弁明は、はなはだ疑わしいし、そんなことのために「税金で生命保険をかけてあげる」なんていう発想がそもそも不純である。
公務員はそもそも税金から給料をもらっているわけで、それを納めている国民(市民)のために常に「士気を高め、お尻から血が出るまで」働いてもらわねば、なんのためにまじめに税金を納めているのか分からないのだ。
そしてこの記事が発表された直後
という記事が・・・・やるんやったら10年前からやらんかい! と言いたい。
そして今まで掛けてきたお金は返してもらえるんだろうか?それとも、もらい得なん?
まぁこの記事を読むところ返す気などさらさら無いんだろうね。
まだまだこれからもたくさん出てくるんでしょうね、こんなの。
と、思っていたらこんなのもありました。
まさに「太っ腹!」と声を掛けたくなりますね。
あと大阪市に関する面白いページを見つけちゃいました。
http://marblog.net/mt/osaka.htm
みんなこれを見てツアーしてみませんか?
IBMがパソコン事業を売却した。
僕らがつい3週間ほど前に導入したパソコン・・・それはIBMだった。
クライアントが約10台、サーバーが1台のサーバー・クライアント型のシステム構成なのだが、クライアントが1台なかなか来ずに、代替機をもってきてソフトなどをインストールしておいて、本番直前に置き換えるという荒技を使った(しかし結局は代替機がフロッピー付きで、導入機はフロッピー無しだったので結局代替機のままになったというオチがあるのだが…)。
また、サーバーにいたってはもう2ヶ月も前から発注していたにもかかわらず、導入時期が遅れに遅れ、これまた代替機を用意するだの、1世代前のサーバーに置き換えるだの、IBMの部長直々にユーザーに謝りに来るだの、事態が2転3転し、最終的には2日遅れて注文しておいたサーバーが納入されたのであった。
しかしそのせいで、僕のスケジュールは大幅に狂わされ、IBMに対する信頼は僕の中ではガタガタになっていた矢先の売却劇であった。個人的にはIBMのパソコンはあまり好きではなかったし、人にも勧めはしないのであるが、なんせ仕事で納入されたパソコンのIBM比率の高いこと高いこと。
納入したお客さんには申し訳ない気持ちで一杯だが、今後の保守やメンテナンスはいったいどうなるんだろう?まさか買収先のレノボがやってくれるのか、それとも今まで通りIBMが行うのか・・・
たぶんIBMがやってくれるんだろうけど、いつまで続くかは未知数だね、だって保守なんか儲かるわけないし。
どちらにせよ、今後IBMを入れることはなくなったわけで「じゃあドコがいい?」と聞かれれば僕のお薦めするところはやはりDELLかな。
ついこの前
「日本は数学6位、読解力14位に転落 OECD学力調査」(朝日新聞)
という発表があった。この記事を見て思い出したことが何件か・・・
あれは10年ほど前、上の子のお宮参りに行った時のこと。
行ったのは僕ら夫婦と、僕の母親、嫁さんの両親と妹2人の大人数であった。境内はさほど混んでいなかったものの、お宮参りらしい親子連れがちらほら記念写真を撮っていたりした。
お宮参りの手続きを済ませ、お参りドコロに歩いていくと
「神楽殿」
という立て札を見つけた妹のトモコが
「かみ・・・、かみ・・・」
と言いながら固まっていた。
また、あれは15年ほど前だったか、Z社に居候していた僕はその事務所に戻ってくるとH嬢が
「じょーじ兄さん、メモ置いといたで!」
と言ってきたので見ると
「○○社、△△様より。帰ったら、練絡下さい」
「こらこら、字間違えとるぞ!!」
と指摘しても、H嬢は恥ずかしがる様子も見せず、「ふ~ん」と言った。
また、あれは年末の掃除の時だったか、新しく付け替えられた来年のカレンダーに書いてある文字を見てH嬢はこう叫んだ。
「来年はうし年かぁ~~~」
そのカレンダーにはこう書いてあった。
「午年」
またまた、あれは18年ほど前僕が新聞を広げていた時のこと、横から「団塊の世代が・・・」という新聞の見出しを浜ちゃんが見つけてこうつぶやいた。
「ほ~う、ダンコンの世代がねぇ・・・」
「あほか、これはダンカイって読むんやぞ!」
「何言うてんねん、ダンコンに決まってるやないか」
「いや、ダンカイって習ったわ」
「なんでやねん、ダンコンやなぁ、タナカイ君!」
と、横にいたタナカイ君に同意を求めた。
タナカイ君は戸惑いながらも、島根なまりでこう断言した。
「ぼくもダンコンって習ったで!」
と言った。
「ウソだ・・・・」と僕は奥歯を噛みしめたが、この部屋にはこの3人しかいなかった。
これらは「読解力」と言うより、「読み力」なんだけどね。。
しょせん僕の周りでは以前からこんな調子だ。
なので、たいがいのことでは驚かないぞ。。
久しぶりにPHPでプログラム。

以前からBLOGで書いたモノを本家のページ 「場末の小石」に簡単に引っ張ってこれないかと思案していた。
なぜなら、BLOGで不満な部分「一覧表示機能が無い」ところを補いたかったからだ。
BLOGではカテゴリー別にちゃんと分けることが出来るが、これの一覧表示がどうしても欲しいと思っていた。例えば「去年の12月10日にはこんなコト書いてたんやなぁ」なんてのが一覧で見るのは結構感慨深いもんだし、やっぱり探しやすい(検索機能もあるけど)。
そこでMOVABLE TYPEに変更し、一回の投稿文をカテゴリー毎フォルダーに落とすようにして、そこで出来た文章(HTML)をPHPで読み込んで、本家のページに合ったようなフォーマットに変換し表示するようなプログラムをPHPで作ったというわけ。
今のところ「コンピュータ雑記」がそうであるが、ソースを見たら各目次からPHPが呼ばれているのが分かる。また、それをクリックするとちゃんとページに合った形で表示されているのが分かってもらえるだろう。
しかし久しぶりにPHPをやりましたが、すっかり忘れていましたよ。
でも、かなり楽しかったっす。。
■テレビゲームの時代
テレビゲーム・・・現代の子供社会の中では欠かせない遊び道具である。
僕は、テレビゲームが嫌いだ。なんせあのけたたましい電子音がどうにも我慢出来ない。また子供がそれに向かって何時間も我を忘れている姿を見るのもあまり好きではない。これは、きっと生理的なものであり「そんな時代だから」とか「今の世の中は」なんて言葉では割り切れないものがある。
あ、ちなみに現在家の前で輝いている家のベランダとかに付けているクリスマス用のキラキラの照明達も好きではない。特にスパーサンコー(笑)の近くの家などは門の横にデカいモミの木(ホンモノ?)が備え付けられそこにもキラキラ、家の壁にもキラキラ、ベランダにももちろんキラキラとこれ見よがしに光っている姿は吐き気さえおぼえてしまう。オマエは何もんや!と・・・。
と、それは置いといて、ゲームである。
「それじゃ、オマエの子供の時はゲームしなかったんか?」
と聞かれるだろう。もちろん子供時代はテレビゲームなど無かったし、大人になって出現したゲームも生まれてこの方一度しかしたことがない(なので食わず嫌いではない)。
しかしゲームセンターなどは近くあったし、友達などは文房具屋の横にあるピンボールでよく遊んでいたが、僕はほとんどしたことがなかった。何故しなかったんだろう?と今考えてもたいした理由は浮かばないわけであるが、僕はしたいと思わなかったし、「してはいけない」と思っていた。
ゲームをするようなお小遣いを貰っていたわけではないし、何事にも倹約家の親たちを見て育ったので「ゲームをする」などと言うことは「無駄遣いであり」、それはすなわち「悪」なのであった。
■ゲームセンターに連れて行く親たち
先日義理の妹が上の子を遊びに連れて行ってくれた。
2人は2歳ぐらいの頃昼間に預けていたこともあり、いまでも非常に(異常に)仲が良い。彼女が遊びに来ると僕なんかには寄りつこうとせずにずっと彼女にべったりくっついて離れようとしないし、そんな娘をやはりかわいいと思うのか彼女自身も離そうとしない、そんな関係である。
「で、ドコに遊びに行ってきたん?」
「ゲームセンターやで」
子供というのは「辛いこと」よりも「楽しいこと」を選ぶに決まっているし、「しんどいこと」よりも「楽なこと」を選ぶに決まっている。また「刺激が少ない」ものより「刺激がある」ものの方に寄っていくことであろう。
つまり、「家で読書」や「孤独にピアノの練習」よりも「ゲームセンターで遊ぶ」方が楽しいに決まっているだろう。もちろん例外もいるが・・・。
みんながそちらの方向に向かっている中、逆走できる子供がどれぐらいいるものか。ましてや親たちがそれを「是」として教えているのである。しかも、われらそれに批判的な大人達も「何故悪いか?」を教えられないでいるのが現状ではないか。
義理の妹だけではない、うちの嫁さんもゲームはしないまでもその横に設置してある「プリクラ」で子供と写真何ぞを撮っている。これは、ゲームをしてることと何ら変わりない。その証拠にプリクラの写真は「撮って楽しむ」コトが目的であり、撮られた写真(シール)も一種の消費材として処理され、出てきた瞬間にその価値は半減する。
この前、子ども達だけでゲームセンターに行き「プリクラ」をしていたことが判明したが、それに対して「それが何故悪いのか」を理解させることができるのだろうか?
■テレビゲームは与えない宣言
「子供の喜ぶ顔を見たい」これは親なら誰でも思うことであり、先ほどの妹も嫁さんも、そして僕もそのことにはなんら違いはないし、むしろ「喜ばせようとする」気持ちには感謝すらおぼえる。
でも何か違うんだなぁ・・・
「お金を使って遊ぶ」というのは「お金を使わないで遊ぶ」コトに比べてより楽しいだろうし、より刺激的だろう。テレビゲームはこちらが考えなくたってゲームの方から「こうすればいいじゃん」とか「こっちに来ればもっと面白いよ」とか「コイツをやっつけたらもっと得点が」など指示してくれる。
そう、こちらが何も言わなくても勝手に指示してくれるのだ。
子供は「遊んでいる」様に見えて実は「遊ばされている」のである。
僕はこどもたちが「一人遊び」をしている光景を見るのが好きだ。子供自身の中でその少ない経験を元に、またはその経験を越えた想像をして、小さな人形達を操りながら小芝居を展開するのである。それは僕らにとっては奇想天外な物語であったり、とっても意外なオチが待っていたりと空想のすばらしさに瞠目してしまうほどなのだ。
それを奪ってしまうのがゲームである。
確かにテレビゲームを全面否定するわけではない。本当に今の世の中、小学生の子供がテレビゲーム無しで世渡りして行くにはかなりの至難の業である。「うちでやらない子も、よそに遊びに行ってやってる」という理由で、他の家に迷惑がかかるよりも、と言う理由でテレビゲームを買ったトコロもあるぐらいだ。
で、周りに聞いてみてもテレビゲームのない家はゼロ。でもそれぞれの家では「子供がテレビゲームをする」ということには「賛成」はしていないようだ。みんな「仕方がないから」と言いつつ買っているのが現状であろう。
でも・・・とここで踏ん張ってみる。「子供にはテレビゲームは買わん!」と宣言する。無論子ども達にもそう言っているし、この先も耳が痛くなるぐらいに言ってやるつもりだ。もちろん、子供だけでなく周りの大人達にもそう宣言しておかないと、いつ魔の誘い(笑)をかけられるか分からない。
なので「テレビゲームはさせん!!」宣言をここに行う。
JUGEM からやっとお引っ越し完了。
文章をテキストにダウンロードして一日ずつアップしていく。
その作業、約1時間、まぁそれぐらいの作業だったら御の字か。
しかし画像は簡単にコピー出来ないのでハードディスクに有るものに名前を日付で付け直し、その日付の日記の最上部に IMGタグでもって編集し直し、FFTPでもってPHOTOフォルダーにコピーしておいた。
でも MOVABLE TYPE は無料のブログと違って設定項目は多いけども、画像なり、アーカイブのHTMLなりが自分で管理出来て大変便利。もしブログから、自分のページにコンバートかける時にも容易に出来るようになっている。
それよりも、ページのデザインを決めるのに難儀しました。
とりあえずテンプレートを http://tokyobuddha.com/ からいただいてきて、トップの画像を差し替え、アイコンを葉っぱのアイコンに変更し、テンプレートを若干いじりつつこのスタイルになりました。ふうー。
そして肝心のタイトルですが、いろいろ悩みましたが順当に「カベル日記」にすることにしました。
分かる人はわかるよね (^o^)
結婚式の写真集を作り始めた。
結婚式から帰ってきて撮った写真をチェックしていたのだが、照明が暗く、しかもフラッシュをあまりたかなかったのでぶれている写真がかなり多く、ちょっとガッカリしていたが、画像を切り抜き、加工して、貼り付けてみるとこれがなかなかいけてます。ブレやピンぼけもご愛敬だ。
やり始めるまでは何かとウダウダ時間がかかるんだけど、いざ作り始めるとなかなか楽しい作業なんだな、これが。しかも保育園の時と違って対象が少ないので、思いっきり趣味の世界で作れるし・・・。
でも、12月ってめっちゃ忙しいんだな。。。これが。